熊本地方裁判所 昭和58年(行ウ)6号 判決 1985年3月11日
熊本市下通二丁目九番八号
原告
大友キヨノ
右訴訟代理人弁護士
板井優
同
松野信夫
熊本市二ノ丸一の四
被告
熊本西税務署長
田中光則
右指定代理人
西修一郎
同
公文勝武
同
菅祝久
同
倉本正博
同
小城雄宏
同
谷口利夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五七年七月二一日付でしこ原告の昭和五六年分所得税の本税八八万五五〇〇円、重加算税の額二六万五五〇〇円とする更正処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1(一) 原告は昭和五六年二月一二日牧野定成から別紙物件目録記載の土地、建物(以下右建物を「本件建物」、右土地及び建物を「本件不動産」という。)を買い受けて所有権を取得し、昭和五六年六月一日山崎誠也に本件不動産を売り渡した。
(二) そこで、原告は本件不動産譲渡による昭和五六年分所得税について別表一記載のとおり事業所得 一〇万円、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三五条一項の適用があるものとして分離短期譲渡所得及び納付すべき税額 零円として確定申告をした。
(三) ところが、被告は原告に対し、昭和五七年七月二一日付で別表二記載のとおり事業所得 一〇万円、措置法三五条一項の適用がないものとして分離短期譲渡所得 二六五万、申告納税額 八八万五五〇〇円とする更生処分及び重加算税 二六万五五〇〇円とする賦課決定処分をした(以下右更正処分を「本件更正処分」、右賦課決定処分を「本件賦課決定処分」、右更正処分及び賦課決定処分を「本件処分」という。)。
(四) 原告は本件処分を不服として昭和五七年八月一八日被告に対し異議申立てをしたが、被告は昭和五七年一一月一八日付でこれを棄却した。そこで、原告は昭和五七年一二月一八日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、国税不服審判所長は昭和五八年三月一九日付でこれを棄却する旨の裁決をし、そのころ、原告は右裁決謄本の送達を受けた。
2 しかしながら本件不動産の譲渡については、措置法三五条一項を適用すべきであり、その適用を排斥した本件処分は違法であって取消しを免れない。
3 よって、原告は被告に対し本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)ないし(四)の事実は認める。
2 同2は争う。
三 被告の主張
1(一) 原告は、本件建物を自己の居住の用に供した事実はなく、従って、本件不動産の譲渡所得につき措置法三五条一項の適用はないから、本件処分は適法である。
(1) 原告は、本件不動産につき所有権移転登記を経由することなく牧野定成から山崎誠也に対し中間省略による所有権移転登記をした(乙第五、六号証)。
(2) 原告は、本件不動産を牧野定成から買い受ける直前の昭和五六年二月一〇日ごろ弟 大友貢を介して不動産業者の山口一之に対し本件不動産の転売先の仲介を依頼している(乙第一三、一四号証)。
(3) 原告は、本件不動産取得後も本件建物を原告の前所有者の牧野定成から賃借した舛田達郎に対し昭和五六年四月始めごろまで居住させ、かつ、本件不動産の購入希望者に下見をさせていた(乙第七号証、第一〇号証)。
(4) 原告は本件不動産を購入後売却するまでの間も従前どおり熊本市下通二丁目九番八号所在の建物に居住して旅館業を営み、本件建物にはふとん一重ね及び茶わん程度の物を持ち込み僅か数日間の寝泊りをしたに過ぎず、殆んどの家財道具は右旅館に置いていた。
(5) 原告は、通常転居の際に行われる郵便局、親類及び知人に対する転居通知、近隣の居住者に対する挨拶等もしていない。
(6) 本件建物の近隣の居住者及びガス販売業者等も、舛田達郎が本件建物を明け渡した昭和五六年四月始めごろから、山崎誠也が本件建物に入居した昭和五六年七月始めごろまでの間、本件建物の居住者を見かけていない(乙第一号証、第八号証)。
(7) 本件建物において昭和五六年四月初めごろから同年七月始めごろまでの間生活に必要な電気、水道の使用がされていない(乙第一一、一二号証)。
2 仮りに、原告が本件建物に数日間宿泊したことがあったとしても、本件建物の使用の態様、日常生活の状況等からみて短期、臨時的に仮泊したに過ぎないから、本件建物を租税特別措置法施行令(以下「施行令」という。)二三条一項により二以上の家屋のうち主として居住の用に供していた家屋ともいえない。
3 原告は、本件建物に居住したことがないにも拘わらず、措置法三五条一項の適用があるとして事実に反する住民票の写を添付して本件確定申告をしているが、右事実は国税通則法六八条一項所定の仮装、隠ぺいの行為に該当するので、被告が右過少申告に対して本件の重加算税を賦課決定したことは適法である。なお、本件重加算税 二六万五五〇〇円は、原告の納税すべき税額八八万五五〇〇円と原告の申告納税額零円との差額金八八万五五〇〇円(但し、一〇〇〇円未満は切捨て)に対し一〇〇分の三〇の割合を乗じて算出したものである。
四 被告の主張に対する認否及び反論
1 被告の主張に対する認否
(一) 被告の主張1(一)は争う。
(二) 同(二)(1)の事実は認める。
同(2)(3)の事実は否認する。
同(4)の事実中、原告が本件不動産を購入後売却するまでの間熊本市下通二丁目九番八号の建物で従前どおり旅館業を営み、殆んどの家財道具は右建物に残して、本件建物にはふとん一重ね及び茶わん程度の物品を持ち込んだに過ぎなかった事実は認め、その余は争う。
同(5)の事実は認める。
同(6)の事実は争う。
同(7)の事実は否認する。
(三) 同2、3は争う。
2 反論
原告が長年居住して経営する前記旅館は、国道三号線に面し騒音が激しいので閑静な場所に転居することを願っていたところ、弟の大友貢から昭和五五年一二月ごろ本件不動産を紹介されて買い受け、昭和五六年五月上旬ごろ一週間程度本件不動産に居住し、掃除、庭の草とりをし、夜具、洗面道具等を持ち込み、昼間は右旅館、夜深更に至って本件建物に帰って寝た。ところが付近に神社があって薄気味悪く、付近の電柱に街燈もなく、道路も一部舗装されていないなどのため直ぐに嫌気がさし、大友貢に依頼して売却したものである。
以上のとおり、本件不動産は居住の用に供するために購入し、かつ実際に居住したのであるから、本件不動産の譲渡については、措置法三五条一項の適用があるものというべきである。
第三証拠
証拠は、本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載と同一であるから、これを引用する。
理由
一 原告が昭和五六年二月一二日牧野定成から本件不動産を買い受けて所有権を取得し、昭和五六年六月一日山崎誠也に本件不動産を売り渡したこと、原告が本件不動産譲渡による昭和五六年分所得税について別表一記載のとおりの事業所得 一〇万円、措置法三五条一項の適用があるものとして分離短期譲渡所得及び納付すべき税額 零円として確定申告をし、被告が原告に対し昭和五七年七月二一日付で別表二記載のとおり事業所得 一〇万円、措置法三五条一項の適用がないものとして分離短期譲渡所得 二六五万円、申告納税額 八八万五五〇〇円とする本件更正処分及び重加算税二六万五五〇〇円とする本件とする本件賦課決定処分をしたこと、そこで、原告は本件処分を不服として昭和五七年八月一八日被告に対し異議申立てをしたところ、被告は昭和五七年一一月一八日付でこれを棄却したので、さらに、原告は昭和五七年一二月一八日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ国税不服審判所長は、昭和五八年三月一九日付でこれを棄却する旨の裁決をし、そのころ、原告が右裁決謄本の送達を受けたことは、当事者間に争いがない。
二 被告は、原告が、1 本件不動産につき牧野定成から山崎誠也に対し中間省略による所有権移転登記をし、2 本件不動産を牧野定成から買い受ける前から大友貢を介して不動産業者に転売先の仲介を依頼し、3 原告は、本件不動産取得後も本件建物に昭和五六年四月始めごろまで居住させ、かつ、本件不動産の購入希望者に下見させ、4 原告は本件不動産取得後も従前どおり熊本市下通二丁目九番八号の建物に居住して旅館業を営み、本件建物にはふとん一重ね及び茶わん程度の物品を持ち込んで僅か数日間の寝泊りをしたに過ぎず、5 原告は、転居に対して通常行われる郵便局、親類及び知人に対する転居通知、近隣の居住者に対する転居の挨拶等もしておらず、6 本件建物の近隣の居住者及びガス販売業者等も、原告から本件不動産を取得した山崎誠也が、昭和五六年七月始めごろ入居するまで舛田達郎の外居住者を見かけておらず、7 本件建物における電気、水道も昭和五六年四月ごろから同年七月始めごろまで使用していないことから、原告は本件不動産を転売目的で購入し、かつ、売却するまでの間本件建物を居住の用に供していたのではないから、本件不動産の譲渡につき措置法三五条一項の適用がない旨の主張をするので以下検討する。
1 原告が、本件不動産につき牧野定成から山崎誠也に対し中間省略による所有権移転登記をしたこと、本件不動産取得後山崎誠也に売却するまでの間にふとん一重ね及び茶わんを持ち込み、数日間寝泊りをし、他の家財道具を下通所在の建物に残しており、原告が、転居に際し通常行われる郵便局、親類及び知人に対する転居通知、近隣の居住者に対する転居の挨拶等をしていないことは当事者間に争いがない。
2 成立に争いのない乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証の二、三、第五、六号証、原本の存在及び成立に争いのない同第三号証の一、三、第四号証の一、第一五号証、第一七号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき同第七ないし第一〇号証、弁論の全趣旨により成立を認める同第一一ないし第一四号証、証人大友貢の証言及び原告本人尋問の結果(但し、乙第八、九号証、証人大友貢の証言及び原告本人尋問の結果中後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は本件不動産につき牧野定成との間で売買契約をする前から不動産業者の山口一之に対し転売先の仲介を依頼し、本件不動産を取得後も本件建物に従前からの賃借人の舛田達郎に昭和五六年四月中旬ごろまで居住させ、結局、原告は本件不動産を取得後他に売却するまで約五か月の間に数日間本件建物に寝泊りをし、昼間庭の草取りを一回した程度であり、水道も一、二度使用した程度であって電気は全く使用したことがなく、もっぱら生活の本拠は従前から営んでいる下通所在の旅館にあり、原告は本件建物を転売目的で取得したものであって居住の用に供していなかったことが認められ、乙第八、九号証、証人大友貢の証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
三 ところで、措置法三五条一項は、個人がその居住の用に供している家屋及び当該家屋とともにするその敷地の用に供している土地の譲渡をした場合に適用され、当該家屋を居住の用に供しているか否かは、当該家屋におけるその者の日常生活の状況、入居の目的、その他の諸事情を総合勘案して判断すべきものであり、当該家屋に少なくとも相当期間にわたり継続して居住していなければならず、数日間の寝泊まり程度では、措置法三五条一項の定める居住の用に供している家屋に該当するものということはできない。
そうすると本件不動産の譲渡所得には、措置法三五条一項の適用がないから、被告が本件不動産の譲渡所得の計算にあたり、同条項の適用を排斥した本件更正処分は適法であるといわなければならない。
四 次に、本件賦課決定処分について検討する。
前記事実、成立に争いのない乙第二号証の三及び前掲証拠(但し、前記部分を除く。)を総合すれば、原告は本件建物の取得が転売目的であって居住の用に供していないにも拘らず恰も生活の本拠として居住するように装い、昭和五六年四月一二日本件建物に転居した旨の転居届をして住民票に登載させたことが認められ、乙第七、八号証、証人大友貢の証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
そうすると、昭和五六年分所得税について国税通則法六八条一項所定の課税標準等又は税額の基礎となるべき事実を仮装、隠ぺいし、これに基づき本件納税申告書を提出したときに該当するから、原告に対し右申告につき重加算税 二六万五五〇〇円を賦課する旨の本件賦課決定処分は適法であるといわなければならない。
五 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 相良甲子彦 裁判官 吉田京子 裁判官 荒川英明)
物件目録
1 熊本市秋津町沼山津字筒井久保一三番一〇
宅地 二〇五・五二平方メートル
2 同所一三番地一〇
家屋番号一三番一〇
木造スレート葺平家建居宅 六九・七七平方メートル
以上
別表一
<省略>
別表二
<省略>
なお、重加算税の算定は、国税通則法六八条一項に基づき右申告納税額八八万五五〇〇円と原告の申告納税額〇円との差額八八万五〇〇〇円(一〇〇〇円未満は切捨て)に対し一〇〇分の三〇の割合を乗じて算出したものである。